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■■第3回:行田市 浮き城・忍城・郷土博物館
第3回目は浮き城・忍城・郷土博物館です。 昭和30年代、現在の市役所前の常盤通りはかなり大きな川でした。川の端をランドセルを背負って学校に通いました。川を挟んで大きな声でけんかをしたり、橋の上から川底を見て魚を見つけ、手づかみで取ろうとしたものです。あの当時、行田の街中の水辺は当たり前のことで生活の一部でした。そして、今、当時の水辺の面影を見ることができるのは水城公園となりました。 あの常盤通りに埋まった川も水城公園も浮き城・忍城の堀の一部です。
忍城は1400年代に築城され、有名な石田三成の水攻めにも屈せず、江戸時代の初め一万石、終わりには松平十万石となり、明治維新をもってすべて解体されました。"周囲が沼地で土地が湿って水難があり、お城を中心にした開発には向かない"という理由で廃城になりました。忍城の城としての優れた資質、それが災いした、皮肉なものですね。今の市役所、産文、元の体育館の地も忍城の堀を埋め立てたものです。行田変電所一帯も堀でした。浮き城と呼ぶにふさわしい堀の大きさでした。常盤通りにあった川も堀の一部でした。
忍城・郷土博物館には、忍城を再現した大きな模型、城下町の地図、忍城の歴史・街並み紹介のビデオを見ることができます。しばし、400年から200年前の行田・忍の地に浸ってしまいました。 幕末の頃、忍藩は品川台場の警備を命じられ第三台場を警備しました。その第三台場は、現在、お台場海浜公園の一角に「台場公園」としてあり、その遺構はよく残されているそうです。意外なところに残された忍城・忍藩の夢の跡、驚きです。 そして、戦国時代、水攻めにあった城は3つあります。忍城以外の城は全て落城しました。 何も残っていませんが、やはり忍城は行田の誇り・ですね。
これまでの再発見
■■第25回:行田市 蓮の花寺巡り・カーオリエンテーリング(2008/3/8)
■■第24回:行田市 忍雅楽(2008/3/8)
■■第23回:行田市 埼玉県立進修館高校 図書館(2008/1/13)
■■第22回:行田市 行田市児童センター(2008/1/13)
■■第21回:行田市 行田のおいしい水 古代蓮の雫(2007/12/7)
■■第20回:行田市 行田酉の市 百年祭(2007/11/1)
■■第19回:行田市 財団法人 忍郷友会(2007/9/8)
■■第18回:行田市 公園通り(バスターミナル〜さきたま古墳公園)(2007/6/30)
■■第17回:行田市 テクノ・ホルティ園芸専門学校(2006/10/9)
■■第4回:行田市・吹上町 お花見・水城公園・元荒川(2004/3/30)
■■第3回:行田市 浮き城・忍城・郷土博物館(2003/12/27)
■■第2回:行田市 古代蓮会館・古代蓮の里(2003/11/27)
■■第1回:行田市 将軍山古墳・さきたま古墳公園(2003/10/29)