古代蓮 行田昔ばなし 十三七つ 1〜10

行田昔ばなし 十三七つ 1〜10

行田昔ばなし 十三七つ 1 しょうどんコッチヨ!new!

作者不詳 行田市北谷住人

 信吉が子どもの頃、しょうどんという丁稚(でっち)がいた。しょうどんは十二、三才で信吉がどこへ行くにも必ず後についていた。
 手先が器用な子で祭り近くなると、信吉が乗れるほどの山車を作って、近所の子どもたちに町内を引かせて歩くことを自慢していた。山車は豪華に作られて、子どもが作ったようなものではなかった。
 山車の車、囲いは硬い材料の欅(けやき)を使い、柱から屋根にかけては柔らかい朴(ほお)や杉の材料を使った。古着屋で捨てられるような古代衣装を貰って囲いにし、屋根上の幟(のぼり)には鍾馗の雛人形を立ち上げたから、祭りの山車にも引けをとらない出来栄えだった。その中でも左右の昇り竜、下り竜は傑作で何ヶ月もかけて夜なべに仕上げたものである。
 竜の作品はいつも肌身はなさず懐に入れて、紙やすりで暇にまかせて磨(みが)いていた。しょうどんは信吉についているだけで、これといった仕事はない。頼まれれば使い走りもしていたが、一人でいるといつも唄っていた歌があった。
「お月さまいくつ 十三七つ まだ年ゃ若いな・・・」
「お月さまいくつ 十三七つ まだ年ゃ若いな・・・」
 しょうどんの出生は分からない。母親は新地(新しく開けた土地)にいた女性で、荒川土手で殺されたと聞いていた。身寄りがなく家で引き取ったと聞いたことがある。そのしょうどんが家を出ていく日が来た。しょうどんは泣きながら畳に両手をついておじいちゃんに謝っていた。
 しょうどんは裏庭の桐(きり)の木の根元に大きな青大将を飼っていた。信吉は見たことはなかったが家のものに発見されて大騒ぎになった。
「いつから飼っていたんだ」
「ずーと前から、俺のかあちゃんなんだ。毎日ご飯持って行くんだ」
「へびがおかあちゃんっておかしいじゃないか。あのへびを川に流さないうちは、家の中に置いておくわけにはいかない」
 おじいちゃんは顔色を変えて怒っていた。しょうどんのおかあさんは巳年(みどし)生まれで、小さいとき母親を亡くしてからは、へびを見るとおかあちゃんがいると思うようになっていたという。その日しょうどんは大きな青大将を風呂敷に包んで懐(ふところ)に入れると黙って家を出て行った。
「お月さまいくつ 十三七つ まだ年ゃ若いな・・・」
「お月さまいくつ 十三七つ まだ年ゃ若いな・・・」
 しょうどんはその先の歌詞は知らなかったのか、山車を引くときも昼間なのに口ずさんでいた。いつも側にしょうどんが立っていて、砂利道(じゃりみち)をがたがた音を立てて引かれる轍音(てつおと)が耳に残っている。
 信吉が東京の学校に行くようになってから、しょうどんは一度たずねてきた。素足に雪駄(せった)をはいて太い絞(しぼ)りの帯を締(し)めていた。

「ボン、大きくなって、みなさんもお元気で、ご無沙汰してます」
「しょうどんか」
「へい」
 信吉はしょうどんに、紫の袱紗(ふくさ)に包まれた分厚い札束を渡されたが、受け取らなかった。
「ボン、覚えてますか」といって、口ずさんだ。
「お月さまいくつ 十三七つ まだ年ゃ若いな・・・」
「お月さまいくつ 十三七つ まだ年ゃ若いな・・・」
 その後、しょうどんの消息(しょうそく)はわからない。

2018年5月5日掲載

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