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| 行田昔ばなし
十三七つ |
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蛍のちょうちん 作者不詳・行田市北谷住人 |
母屋の東を流れる小川は田植え頃から、稲刈りの終わる頃まで水かさが増し流れも速かった。水草の影の流れに逆らうように、小鮒(こぶな)が背を返しながら泳いでいる。時々大きな魚が少し顔出しては、人影に驚いたように勢いよく身を翻(ひるがえ)して藻(も)の中に隠れていく。 信吉は下駄履きに麦わら帽子を被ると小川に魚釣りに出かけた。淀みにおもしを軽くして、小さな豆浮かしをたくさんつけて流れないように静かに下げていく。時には米粒(浮き)やとんがらし(浮き)をつけることもあった。 釣りの仕掛けはぼかん釣りと流し釣りとある。ぼかん釣りは丸い小さな、なまり玉の下に針を一本、玉の上に枝針を一本仕掛ける。流し釣りは板なまりが底に着かないように、静かな流れに流しながら釣る。 餌はみみずでゴミ捨て場で一堀りすれば、大きいみみずや小さいみみずがいくらでも捕れた。信吉は器量の良い小さなみみずだけを選んで餌箱の中に入れた。
 昭和5、6年頃の忍沼 行田の町中のいたる所で見られた光景
豆浮かしを静かに食いあげて来たときは、引きも強く大きい四、五寸の鮒がかかってきた。みんなが集まって、この川で水浴びもした。川の深さは一メートル以上あるから、信吉の背丈では届かない、流されてしまう。 毎年八月に入ると、ほたるが飛び交うようになる。日、一日と少しずつ数は増えていくが「蛍二十日に蝉(せみ)三日」と言われるほどに蛍の命は儚(はかな)い。 ほっほっ ほーたるこい あっちの水は 辛いぞ こっちの水は 甘いぞ ほっほっ ほーたるこい 夜になると子供たちは高ぼうきでほたるを追った。ほたるの数は沢山いるのでいくらでも捕れる。無数のほたるが露草の上からぽぉーと、淡い黄色の小さな光を明滅(めいめつ)させながら飛んでいく。 石屋のあーぼーは、あんちゃん、あんちゃんと言われて、大事に育てられていたので、子供たちもあーぼー、あーぼーと呼ぶようになった。 あーぼーは何時も一人でいて友だちは作らなかった。呼ばれても返事もしないが、いじめられることはなかった。 信吉はあーぼーをほたる狩りに誘ったことがある。あーぼーは何をやっても不器用なのに、ほたるを捕ることは得意で、虫かごの中には信吉の三倍も四倍も捕っていた。 家に帰ってくると、おじいちゃんが 「あーぼー、そのほたる、おじいちゃんにくれないか」 「・・・」 「それを自転車に付けて、大荊まで行ってくるから」 「ほたるのちょうちんか」 あーぼーは十円貰って、ほたるの籠をおじいちゃんに渡した。おじいちゃんの自転車は黒く小さな影になっても、前のハンドルに掛けたほたるのちょうちんは遠くまで小さく揺れていた。 ほっほっ ほーたるこい あっちの水は 辛いぞ こっちの水は 甘いぞ ほっほっ ほーたるこい 石屋のあーぼーは生涯結婚することもなく亡くなってしまった。
※「十三七つ」とは「まだ若いこと」です。 ※「十三七つ」は昭和5年から15年頃の行田の様子を描いています。作者を探しています。お心当たりのある方は古代蓮タウン(048-556-7072)までご連絡ください。 |
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