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行田昔ばなし 十三七つ
子どもの頃、十才くらいまでの出来事は不思議とよく覚えている。それも楽しいことは覚えてないが、叱られたこと、嫌いなことはよく覚えていて、未だに忘れたことがない。 年を取るにつれて、人に喜ばれたことは覚えてないが、失敗や過ちは鮮明に覚えている。人間、死の瞬間、生涯の出来事すべてを走馬灯のように思い浮かべるという。 時間と空間を越えて、平面的に、立体的に怒涛のように、潜在的な記憶まで、すべて積み重ねられ確認する。超現象ではなく死の瞬間に起こりうる。 今も色々な音が耳に入ってくる。犬の鳴き声、猫の声、からすが鳴きながら西へ飛んでいく。車の音、時計の音、裏のおばさんの話し声、パトカーが行き、雨の路面を走る車、etc。 焦点を合わせて聞けば鮮明になる。死の瞬間、自分の生涯の何処に焦点が当てられるかで、臨終の相も決まるような気がする。死の瞬間は、喜怒哀楽を越えた厳粛なもので、過去に喀血をしたとき、不思議な生体遊離の体験をしたことがある。 信吉は療養所に運ばれる車の中で、咳き込みながらゴボゴボと血を吐き出していた。前の座席を倒し、寝ているような状態で横になって血を吐き続ける。 療養所の玄関に、婦長の他に三人の看護婦さんが待っていた。抱えられてストレッチャーに移される。信吉は立ち上がる気力を失っている。療養所の長い廊下を速いスピードで走り抜け、右に曲がり左に折れると病室になる。もうろうとした中で、意識の遠のいていくのが分かる。 狭い個室に看護婦さんが四名、皮の上履きをカタカタさせながら主治医が慌しく入ってくる。信吉の意識はすでになくなっていた。医師が二本の指で信吉のまぶたを開き、反射鏡で光を当て瞳孔を覗く、看護婦のHさんは新しいシューズを履いている。Bさんの白衣は裾に墨汁をたらしたような消えないシミが小さく残っている。Yさんはしきりと信吉の吐血する濃盆を処置室に捨てては繰り返している。その処置方法を信吉は見ていた。 見ていたのはベッドの上に横たわる信吉ではなく、天上の上の左隅から見ている信吉で、気高く、厳粛で、静寂な信吉の肉体から遊離した信吉の生命が見ていたことになる。信吉はそれを「我」と表現している。 信吉が意識を取り戻したのは、翌朝の10時頃だから、意識をなくして18時間経過したことになる。意識の戻ったとき、信吉は子どもの頃を思い出していた。白絣(しろがすり)を着て、麦藁帽子を被り、下駄を履き、虫篭(かご)を片手に、たもを右手に飛び回っている。 狭い、小さな蓮華寺町に子どもを相手に商う店が三軒あった。Sさんの長いとたん塀が終わると、いつも三味線を引いているおばさんの家がある。隣は酒屋、軒先で子どもたちは暗くなるまで石蹴りをして遊んだ。 隣は野木大将に似ているおじいさんがお煎餅を焼いて、おばあさんと二人暮らしだった。一銭持ってあんこ玉のくじを引く。路地を挟んで箱屋があって、おもちゃ屋、飛行機八百屋、床屋、薬屋と並んでいた。飛行機八百屋は兵隊に行って飛行機に乗っていたことから、飛行機八百屋と呼ぶようになった。信吉は思い浮かべながら意識が遠のいていった。誰が唄うのか、わらべうたが聞こえてくる。♪ねんねんころりよ おころりよ ぼうやはよいこだ ねんねしなぼうやのおもりは どこへいった あのやまこえて さとへいったさとのおみやに なにもろた でんでんだいこに しょうのふえ♪※「十三七つ」は昭和5年から15年頃の行田の様子を描いています。作者を探しています。お心当たりのある方は古代蓮タウン(048-556-7072)までご連絡ください。